脳のゴールデンタイム:朝時間を何に使うか
朝5時に起きて、朝時間を活用しだしてから、とても生活が上手く回っている。小さい子供がいて、なかなか自分の時間が取れないお父さんこそ、ぜひ朝時間を活用してほしい。自分の時間を1時間以上もてるのは、公私にわたってとても大事なことだ。ここでは、私が考える理想的な朝活ベスト4をあげてみた。
1. 創作活動(アウトプット作業)
朝、最優先に行いたいことは創作活動である。朝ほど頭がすっきりしてかつ集中できる時間帯はない(もちろん、朝型の人にとっての話である)。ここでは、ブログや論文執筆も創作活動に含めている。すっきりした頭で文章を考えるのはとても効率がいいし、気持ちのいい作業だ。
なぜ、文章作成などの創作活動が適しているのだろうか。私のケースで説明しよう。私が朝時間を活用しだしてから、朝の作業の中でも向き不向きがあると感じた。例えば、プログラミングなど、自分にとって得意でないものは、朝時間を有効に活かせている実感がない。より細かく作業を見ていくと、不得意な作業ゆえに、少し作業しては分からないことを調べることを繰り返す。この繰り返しは思考や集中を妨げる。一方、文章を書くような作業は、(例えば、途中で調べなければならない場面があったとしても、それを後回しにして)集中して作業を継続できる。この集中した作業こそを朝に行うべきものだというのが、自分なりの結論だ(ちなみに、このエントリーも朝に書いたものだ。)。
2. 勉強(インプット作業)
次に、優先したいのが勉強である。勉強も集中して行うえる点で、上で述べた創作活動に通じる。ちがうのは、情報を吸収するという意味で受動的な作業である点だ。受動的な作業も、集中して行うことができるものであれば、朝時間の活用に適している。欲をいえば、何かを創作しつつ勉強するのが一番だが、調べ物など作業を中断させるものが途中に入ることは望ましいことではない。
朝は、集中力の泉だ。この湧き出る集中力をいかに汲み取れるかが、朝に生産性をあげるコツだと思う。
3. 新聞、情報収集
朝時間の活用で一般的に最も多いと思われるのが、新聞等による情報収集だ。しかし、わたしはあえて行わないように心がけている。理由は、朝の脳にとって、新聞を読むような受動的でかつ集中する必要がない活動を行うことは、もったいないと思うからである。科学的根拠があって行っているわけではないが、経験則的に朝の新聞読みで脳が無駄に疲れて、創造的な作業ができなくなることがある。一方、脳の体操がわりにざっと新聞に目を通すぐらいなら、脳も疲れないしちょうどいいウォーミングアップであるのは言うまでもない。
4. 読書
特に何もやることがないときは、娯楽としての読書を楽しむことがある。読書を朝に行うことはもったいなが、それでも娯楽だと思えばありであろう(夜に読書の時間がとれることはかなりの贅沢だし)。
以上、脳のゴールデンタイムにやりたいことを書き連ねてみた。みなさんは、朝時間どんなふうに活用しているのだろうか。
習慣化のために目標設定してみよう
習慣化は、自分の目標を達成したり、なりたい自分になるために、とても大きな力となってくれます。毎日、コツコツと勉強をして、資格を取得することや、英語をコツコツと勉強して、TOEIC900点以上を目指すなど、人それぞれ実現したい目標があると思います。こういう目標を達成するために、毎日少しづつでもいいので、習慣としてこなしていく。塵も積もれば山となり、自分の人生を少しでもいい方向に導いてくれると思います。
習慣化の大切さは、以下の本を読んでみてください。きっと、あなたも何か習慣を身につけたくなると思います。
私の場合ですが、いろいろなことを習慣化することを意識的にやっています。そして、気づいたらいろんな習慣が定着していました。ちなみに習慣化には、以下のアプリを使いました。他にもいろいろな習慣化アプリがあるので、ぜひいろいろと試してみてください。
私の場合は、ある程度、興味がある分野について習慣化ができていたのですが、若干マンネリ気味のものもあります。そこで、それぞれの習慣に目的意識を植え付けるため、目標を設定してみたいと思います。
1. ギター
:毎月1曲を課題曲にし、一応通しで引けるようになる
2. フランス語
:仏検定試験3級合格
3. データ分析:
統計検定2級
4. ランニング:フルマラソン完走
やっぱり、検定は気軽な目標設定として効果的ですね。マラソンはぜひ、今年中にチャレンジしたいと思います。フランスのメドックマラソンが初マラソンになるかもしれません。楽しみです。
集中して何かに取り組むだけで幸せだ
集中して何かに取り組んでいる時間。時間を忘れて意識が研ぎ澄まされる。そんな時間や瞬間を過ごすだけでとても幸せに感じるようになった。きっかけは、TOEICのようなテストを受けている時、ここ最近忘れていた集中して取り組むことの素晴らしさを体感した。それは、禅のようなもののような気もするし、アスリートの競技のような気もするし、とにかく、純粋に気持ち良いと感じられた。
働きいていると集中して業務に取り組むことができることもあれば、気が散るほど忙しさに追われたり、退屈に感じたりすることもある。しかし、仕事では感じされなかった集中による快感を、英語のテストなんかで感じるなんて。自分でも意外だったがそれ以来どんなことでも集中して取り組もう(そして、快感をそこから感じたい)と考えるようになった。
テスト。それは、学生にとっては仕事のようなもので、決して楽しんで取り組めるものではない。でも、社会人にとってはテストを受ける機会も減るし、それに仕事に比べれば、テストにかける緊張感もそこまでではない。大学受験の緊張感は尋常ではないのは、みなさんも体験しただろう。そう考えていくと、適度なリラックス状態での集中が大事なのかもしれない。それは、アスリートが試合前に感じる、緊張ではないが極度に集中した状況なのかもしれない(私は一度もアスリートだったことはないので想像でしかないが)。リラックスした集中をもっと身近に生活に取り入れられないか、私の試行錯誤は続きそうだ。
体調不良が止まりません
金曜日の夜から、また体調を崩した。膀胱炎か前立腺炎かわからないが、下半身がつらい。
幼児の勉強のモチベーションを持続するには
結論から言えば、ゲームの要素を取り入れるのが良さそうだ。
- レベルアップ
- 成長のマップ
- ほどよい難易度の課題クリア
追い込まれた状況を楽しむ力:ドM力
前向きな心構えとしてではなく、ある種の性として、辛い状況、追い込まれた状況を楽しめるようになると強いと思う(自分は違うが)。罵られたり、無視されたり、ぞんざいに扱われたり。普通なら心が折れるところを、ある種客観的に観察し、自分の置かれた負の状況を愉しむ。昔、攻撃されればされるだけ、巨大化する怪物の本を読んだ記憶があるがそんな感じだ。そんな怪物になるにはどうしたらいいだろうか?
謎の下痢に悩まされている
Khan Academyを幼稚園児にやらせてみた
無料の学習プラットフォームであり世界中で人気のKhan Academy。自分自身は少ししか使ったことがないが、その取組が好きで注目している。そんなKhan Academyをふとしたきっかけで、うちの5歳の幼稚園児に使わせてみた。科目は算数。コースはすべて英語で提供されているので、もちろん隣に座って日本語に翻訳して教えてあげた。すると、すっかり食いつきを見せ、講義ビデオもその後のクイズもさらさらっとやってしまった。やはり継続して学習できるような工夫(クイズは少しずつ難しくなるし、ポイントを集めたりする要素もある。)あるからこそなのだろう。この膨大なコンテンツ、日本語でも提供できたら、日本の子どもたちにとっても幸せだそうな、と思った。
小学生、犬に追われて、トラウマに。
僕がまだ小学生のころ、放し飼いなのか、野生?なのか分からないが、僕の地元には鎖に繋がれていない犬をたまに見かけた。今でもいるのだろうか。追いかけられた経験のある人はわかるだろうが、子供にとってやつらは本当にこわい存在だ。噛むタイプなのか、じゃれたいタイプなのか。よく分からないのが一番こわい。これは犬だけでなく、人においても同じかもしれない。
小学生の時からダンスが嫌だった
小学一、二年生の時はとってもまじめで先生のいうことはちゃんと聞いた。怒られたりするのが嫌だったし、いい子と思われるのが好きだった。それなので、なぜか体育の時間にダンスをするのが嫌でたまらなかった。恥ずかしいのだ。よく考えると、今でも全く変わっていない。恥ずかしがり屋なのは生まれつきなのか。研修や講演で、いきなり変わった事を言わされたりするのがとにかく嫌だ。
記憶の断片を再構築する
過去の思い出はとてつもないスピードで風化する。今を生き、未来を夢みる多くの人にとって、つまり過去にのみしがみつく少数派を除いて、過去はふとした瞬間に蘇る、はかないものと扱われる。それでも、今が過去を投影したものにすぎないとすると、過去を振り返ることに意味はある。ときおり過去は脚色され、再構成され、素敵な、または残酷な物語を作り出す。このような過去を振り返る作業をしてみたいと、急に思い立った。自分の中に眠る物語を自分自身が楽しむために、書いてみたい。読者は自分。
HTMLでブログを書いてみる
今日ははじめてHTMLでブログを書いてみた。書くことに集中できる感じではないが、HTMLやJavascriptに馴染むためには、いい勉強になると感じる(はてなブログはJavascriptに対応しているようだし、ちょうどいい)。私はいつもSublime Textをエディタとして使用しているが、設定は特に変えていないため、背景は黒字で、なかなかケバケバしい。それでも、HTMLは普段仕事ではまず使う機会はないし、無理矢理にでもそういう機会を作る、つまりは習慣化することがなにごとにも重要だと思っている。ブログを頻繁に更新していなかったが、やはり久しぶりに習慣化してみたいと思う。一日の記事は短くなるかもしれないが、それでも習慣化のためにはある程度の犠牲(質、量の両面において)は致し方ない。以下には、Javascriptで書いた(コピーした)、使用中のOSを表示するスクリプトをおいてみた。特に意味はない。
ベタに今年の総括と来年の抱負
今年は仕事を中心に回っていた一年だったと感じる。それ自体は悪くも良くもなく、というのも、プライベートになんら光るものがなかったことの裏返しとも言えるからだ。今年の前半は仕事に追われ、新しいことや面白いことにチャレンジする気力が無かった。これはとても大きな問題に思える。仕事がすべてではないし、プライベートにも余力を残し(むしろプライベートのために計画的にパワーを配分し)、チャレンジすべきことを見つけ、取り組むべきだった。今年の後半は、むしろ時間に余裕ができたが、自分の消極的な部分に目がついた。いざ時間ができてみると積極的に取り組もうとしないダメな感じだ。そして、もう2014年を迎えようとして、今の自分はというと、適度なチャレンジ精神が蘇ってきている。今のチャレンジは語学だ。時間がある時は英語やフランス語の勉強をはじめた。
そして、来年の抱負はというと、今の勢いのまま、精神的なタフネスさを磨くことを目標としたい。恥ずかしいことや精神的にキツイことをもっと能動的に経験し、一皮むける年にしたい。簡単にいうとチャレンジし続けるということかも。